その写真1枚でわかる人にはわかってしまう。

少し調べたい事があり、久しぶりに「操体法」で検索してみたのだけれど・・・。

検索すると一番上に出てくるのが広告。
「操体法を一日でマスター」・・・ほんと?
もうこの時点でどんなものか想像出来てしまうけれど、一応HP
を覗いてみた。

講座内容を紹介する数枚の写真。
今までもいい加減な操体を沢山見てきたけれど、これは”かなり”の部類だなぁ。

最近は他の操体法を見てもあまり気にならなくなったのに、久しぶりに怒りの感情がフツフツと・・・

もちろん講師の方に悪気はないのだろうし、いい加減にしているつもりも操体を理解していないとも思ってはいないでしょう。

しかし、見る人が見ればこの写真1枚でこの操体には哲理がないと見抜かれます。カラダへの触れ方、操者の位置や姿勢、手の置き所etc.。
なぜそこに?なぜそのように?
そこには全て操体の哲理があるのです。

ご商売なのでしょうが、私が講師ならこんな講座名は絶対に付けられないなぁ。
これを受講して操体法をマスターしたと思われるのは困る。気になって他にも操体法を教えているHPをいくつか覗いてみたけれど・・・
昔と全く変わらない状況、いや却って酷くなっている状況に怒りは萎みカラダの力が全部抜けました。

「害がなくお手軽に出来る運動療法の1つ。」

「筋肉の緊張やコリを簡単な操作でゆるめる方法。」

いつまで経っても操体法の認識はそんなもの。
操体ってそんなんじゃないんだけどなぁ。



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