第33回全国操体バランス運動研究会 その3

「操体法の言葉の整理」

加藤平八郎(IDE大学協会会員)
鹿島田忠史(誠快醫院)
北田洋三(関西操体ネットワーク代表)

3氏によるシンポジウム。

う〜ん、タイトルは少し興味を引かれたけれど内容があまり頭に入らなかった。

鹿島田先生は橋本先生の著書の中から単語をカウント。
例えば「快」は動かしやすい・動きやすい・重苦しい痛いという感じにならないこと・円滑である。と表現しているので「快」とはそう言った意味合いと考えるのが妥当でしょう・・・といった内容。

単語を一つ一つ拾うのはとても大変だったと思う。
けれどもこれを集計した意味があるのだろうか?

著書の中にある単語は操体を構築していく課程で使っていた表現。
その言葉がいくつあったということより、最終的にどういった意味合いで使っていたのか?ということの方が大事なのではないだろうか?
いろいろな表現をしてみたけれど、最終的に行き着いた表現。
それが橋本先生の本意なのだと思うだけれど・・・。

例えば「抵抗」という言葉。
どんなに「軽く」という言葉を付け足してみても「抵抗」という表現は腑に落ちない。
「抵抗」では本人が動いてきた流れに対し壁のように止まって受けている様に感じてしまう。
しかし実際はそうではない。
本人の動いてきた流れをそのまま元に返るかのように流れを戻す。
これを私達は抵抗ではなく「返し」と呼んでいる。

抵抗では動きを止めることは出来ても撓める(たわめる)事は出来ない
抵抗で良いのならそこに操者の必要はない。
それは人ではなく壁でもいいのだ。

操者が返しを入れることによって撓み、気持ち良さが極まる。
「抵抗」ではなく「返し」だから操者が存在する意味があると思っている。

「抵抗」という言葉に違和感を感じないと言うことは、その方がおこなっている操法がそういうものだと言うことだろう。



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